偽りの仲、過去への決別
個人には自分が何事も選択する自由がある。だから好きな人間同士で付き合うこともできる。 自分個人の考えで、社会に貢献し、職業を選ぶこともできる。 社会においての自由には、ルールや規則が付きまとう。 知らない人間同士には一定の線引きが必然的に必要だからだ。 社会を円滑にするには秩序と個人の我慢が何よりも重要視される。 社会に生きる限り、人間は秩序とルールを学ぶ。それを実践することを求められる。 社会においての自由とは、ルールや秩序の中から自分個人の考えを照らし合わせ、自分に合ったものを抜粋することができる自由がある。 他人に迷惑をかけない、人を傷つけない、社会の最低限なルールが今では、個人の自由と交わり、今まで守られていた領域を犯している。 個人の自由が社会の正義を上回り、勝手に1人歩きしてしまった。そこには自分の都合に合った考えを推奨し、今まで築き上げてきた概念を壊し始めてしまった。 個人の考えを押しつけることこそ、個人の自由を壊すことになりかけない。 個人の自由を守ることこそ、社会との距離を守り、個人の考えを守ることだろう。 社会と個人を司っているのは人間である。人間である以上、意思や感情をどんな風に持ち、コントロールするかである。 人間がいないと社会は成り立たない。 個人の考えの結集が社会の考えを成立させている。 個人に必要のことは、個人の自由を育てなければならない。自分にとって自由な考えが、感情や感性をいかに成長させるかによるだろう。 洋二は悔しかった。なぜこんな奴に何も言い返しできない自分が。 しかし洋二は松山の時みたいにその場から逃げなかった。 「いや、話しがない理由ではないんだ。」 洋二は、カズに精一杯の反論をした。 洋二は、カズととにかく会話をしたいと切望した。 ここで引き下がるつもりはなかった。