偽りの仲、過去への決別
非常階段は各病棟につながっていた。 しかし不審者の侵入を防ぐため、階段の入口に2メートルほどの柵があった。 柵には南京錠がかかっていた。 松山は南京錠を力づくではずそうと試みた。しかし鎖とともに巻きつけてある南京錠はびくともしなかった。
仕方なく松山は柵に取り付くと登り始めた。後に続くように洋二と結衣を促した。 洋二も松山の後に続いた。しかし結衣は登れずにいた。 「私怖いわ。どうしよう。」
結衣は2人より体は小さいし、運動神経が劣っていた。 「大丈夫、ゆっくり登れば登れるよ。」 松山は励ました。ここまで来て結衣だけ置いて行くわけにはいかなかった。 洋二も同じ考えであった。 結衣は勇気を振り絞って柵にしがみついた。
結衣は必死だった。今日カズに会わないといけないと思っていた。なんだか胸騒ぎがしていた。 こんな思いは生まれ始めての経験だった。 結衣は柵の頂上付近で足を滑らせてしまった。「危ない。」 松山と洋二が叫んだ。
結衣の体が2人に向かって落下してきた。 2人は結衣の体を受け止めた。 3人の体がもんどりうって後方に倒れた。 「いてて、あーびっくりした。おい大丈夫か。」 松山は声をかけた。 「大丈夫、平気平気。」
洋二は結衣を見た。結衣はあまりの出来事に驚いたのか、口が開いたまま茫然としていた。 2人は結衣の表情がいつもと違って間抜けに見えた。 2人は結衣を見て大笑いした。 結衣はなぜ笑われているのかわからずにいた。 「どうして笑うの。」 結衣は2人の顔を交互に見た。「だって始めて見たよ結衣ちゃんの間抜け顔。」 松山は涙目になっていた。 「本当だよ。」 洋二は楽しかった。危ないことをしているのになぜか楽しかった。 洋二には心配事があった。確かにカズの所に行くことを承諾したが、祖父や親達に何て言い訳していいかわからずにいた。 しかし今の結衣の表情を見ていたらこれからの事なんかどうでもよくなった。 今現在が一番大切だと思った。今を大切にしないと何も始まらないと思った。
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