天使の足跡
僕らは間が抜けてしまって、口をだらしなく開いたまましばらく黙った。

数秒後に、誤解していたことを悟る。


「ご、ごめん、太田が何も言わなかったから、そういう、大っぴらにできない仕事なのかと思って……」

「そうですよね。こちこそ、すみません」


体の血液が、一気に顔目がけて上昇してくる。

顔が熱い。

きっと、赤くなっているに違いない。


失言をしてしまったけど、事実ではなくて本当に良かったとは思う。


「で、でも、よ、よかった。本当に、違うんだよね」

「部活と、バイトを何個か掛け持ちしてるってだけです」


太田は僕の顔を、申し訳なさそうに見つめる。

僕も太田を見た。


「でも路地裏で札束……」

「そこまで見られてたんですね」


驚き半分、呆れ半分。

太田は苦笑して答える。


「あれは兄です。父親からの伝言で、わざわざ持ってきたんですよ。
振り込んでくれればいいのに、意地張って使わないと思ってるから」


と、わずかに口先を突き出す。


「一度も家に帰ってないの?」


太田は頷いた。


「実家は東京なんです。でも父親は連れ戻したいみたい」


東京と言ったら、ここからそう遠くない。

それなのに帰らないなんて、よっぽど敬遠しているのだろう。


「最近、学校でもちょっと注意されてるし、部活も行ったり行かなかったり……全部が中途半端だから、父さんはそれが気に食わないんだと思う」


言葉の途中で、太田の制服のポケットから携帯電話の着信音が聞こえた。

時間が短いところからして、たぶんメールだ。


彼は携帯電話を開いてディスプレイを見るが、何も行わず床に座った。


家族からの連絡かな、と勝手に想像した。

ディスプレイを見た瞬間の顔が、いやに冷たかったから。
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