チョウクライロ伝説
妙子は小滝の少し奧、奈曽川の上流からさらにその支流に入る元滝を目指していた。シダ類の生い茂るむせる杉林は若い女の子が歩くにも容易だったが、まとわりつくような湿った空気には困惑した。

ばあちゃんに言われた。

「元滝の水はうめ~ぞ。若返りの水じゃ。ばあちゃんにも頼んだぞ」

筒を渡された妙子は顔を輝かせてばあちゃの頼みにうなずいた。25歳を過ぎて周りでは行き遅れだと揶揄される妙子の器量はしかし部落一だった。その美貌ゆえに近より難い雰囲気も否定できなかったが、さすがにお肌の曲がり角に不安を覚え始めた妙子はばあちゃんの「水」情報に心躍らせた。周りの雑音には一切影響されない妙子だったので、さらに周りには彼女を実は変人なのではないかと言う者もいたが、やはり妙子には関係のない雑音だった。

それにしてもばあちゃんが言うほど近くないその道のりに疲れた妙子は独り言の愚痴をこぼしながらシダ類を踏んでいった。

「でもこの匂いは嫌いじゃね~な」

杉の香りが混ざって、妙子にはどこか懐かしい匂いのような気がしていた。

ふと足を止めた。

微かだが水音がした。

「滝だな」

妙子は奈曽滝のような大きな滝を想像していたので、その微かな音から計れる距離、時間はまだまだかかると踏んでいた。

しかしほんの少し歩を進めるほどに急に大きくなるその滝音に妙子は感覚をつかめずに、木の根で出来た階段のような急斜面を降りていった。
着物の裾がまくれたところで誰も見てはいないのだが、恥じらいながら降りる妙子の姿は木々の中で華やいでいた。

降り立った妙子は息を呑んでその光景を呆然と眺めていた。ただ急流の音と滝の音がそこにあった。ばあちゃんのホラだと、この滝の水は百年前の雪解け水。それがどこまで本当かどうかはどうでもよかった。

一羽の川鳥が鳴きながら川面を上流から閃光のごとく通り過ぎた。

我に返った妙子は竹筒三本に水を入れ、自分でもすくって飲んでみた。

思わずこぼれた笑顔を上に向けると、雑木で出来た天の窓に青い空と浮かぶ白い雲があった。
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