揺らぐ幻影

同い年にも関わらず、結衣はなりたい職業だとか進路だとかを考えたことがなく、

いつか好きな人と結婚してと、ふわふわ思うくらいだ。

夜ご飯を作って旦那さんを待つ平凡な幸せがほしいだけで、ビジョンはあやふやでも、

遠くない未来に近藤の彼女になりたいという希望がある。


携帯電話の待受画面に、五年後の自分は何を想起するのか。

どうか変わらず笑顔でありますように。


《春休みに展覧会?、優秀賞二万円だから頑張る笑。テーマが花とかメルヘン笑。ヤラセ票で見に来てください》


  、うわ……

  なに、これ

全く、いちいちときめかす人だ。
バレンタインの誘いを了解しておいて、こんなメールをくれるなら、

純愛学生は期待したくなる。

駆け引き、テクニック、魔性、上手――これで振られたなら、彼は天性の女たらしで正解だ。

あるいは彼女が世間知らずな馬鹿女なだけか。


正真正銘・女好きではないと信じたい。

癖のある男は自分に好意を持つ女を振りやしない。

告白をさせずに絶妙な距離を保ちキープするもので、モテる状況を楽しむ性質がある。

だったら結衣は近藤が打算的なタイプではなく、自分が無知に振る舞いたい派だ。


純粋に甘い未来を望み過ぎると失敗してしまう。

片思いの身分を弁えなければならず、勘違いをして自惚れると最後に泣くのは己なのだし、

常に万が一落とし穴があるのではと、予測して行動するべきだ。

自動車を運転する時に、子供が飛び出してくるかもしれない、

前の車が止まるかもしれないと、警戒して慎重に初心を忘れないように、

初恋の自分は確認作業を元に謙虚にあるべきだ。


《カーリー頑張って。全然見に行く。邪魔しちゃ悪いからバイバイ。土曜日に》

《はい。おやすみ》


ほら、罪な人。
『はい』に含みがあるなら、それは喜べる感情なのか嫌悪感なのか、

近藤が土曜日に意味を教えてくれたらいい。

それまではあれこれ考えを巡らせて眠りに就けてご機嫌じゃないか。


シーツを飾るのは、つるんとした髪の毛が似合う白い寝顔をした少女で、

無垢なまつ毛は朝日を浴びるまでは動かない。

眠りの国で会えるのは、あの人。


…‥

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