揺らぐ幻影

そう、恐らく第三者からすれば喧しさに値するであろう二人の賑やかさに、気を取られた人物が居た。

もちろん、それは結衣の好きな人だった。


一瞬だけ近藤と目が合う。
時間にしてほんの数秒だったが、彼女にはそれが一分にも一時間にも……あるいは時間が止まったかのように感じられた。

恋する患者は、なんてオーバーな感性なのだろうか。


  ――っ、わ、

  いまっ目、目! わたしっ目

  見た! っうわ、見たし

  、め!

ドシャ降りの雨のような不規則でおかしい脈を立てる心臓に慣れる頃には、

近藤の視線は結衣の方から焦点が逸れ、隣りを歩く市井に向けられてしまっていた。

それから彼女がいくら彼を見ようとも、再び黒目に自分が映ることはなかった。


けれども あれは見間違いではなく、一瞬だったが確実に好きな人と目が合った。

あいにくストップウォッチを持っていなかった為、

正確には何秒間の出来事かは定かではないのだけれど。


  ……夢みたい

昨日も一昨日も、好きだと気付いてから、瞳と瞳が合ったことなんてなかったというのに、

それがどうだろう。
たった今、近藤の丸い目が自分に向けられたのだ。


  やばいやばい

  見た!

  私見たもんっ

手の甲を熱を持ったホッペにあて、どうにか落ち着けと言い聞かす。

たかが目があっただけではないか、と。


こんなに舞い上がるのは第三者からすれば理解ができないことで、

そんなもんスーパーのレジの人とだって、掃除をしているお爺さんとだって、

生活していれば誰かと目が合うものだから、オーバーにも程がある。


このように、片思いガールにかかればどうでもないことが全てで、価値があって、幸せを左右する故に、

幸福のジュースを飲み干したような気持ちで一杯の結衣は、すこぶるご機嫌だった。


無論、見てくれなかったら、今頃彼女は『避けられた』と嘆いて、不幸まっしぐらなのだが、

早い話、天秤がつり合うことはなく、右か左かどっちかにしか傾かないのが恋愛研修中の思考の基本だ。

そんな痛さに他者は引いてはいけない、初孫を可愛がるご老人を演じてやるつもりで温かく見守ってあげよう。

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