揺らぐ幻影
頭の上から聞こえる声。
ずっとこの声が聞きたかった。
ずっとこの声を自分に向けてほしかった。
ずっと待っていた。
……ずっと夢見ていた。
“ずっと”が、いつから始まったのかは明らかではないけれど、本当にずっと想っていた。
甘い声は反則だ。直接骨に響く声色をしているのだと無意識に分析をする。
背骨の軸が揺らぎ、身体がくたくたになってしまう。
まるでクッキーを作っている時のようだと、結衣は思った。
バターとお砂糖を混ぜたボールに振るった小麦粉を加え、
切るようにヘラを動かすと、まとまる前に手首にふしゅふしゅとした感覚があって、
ちょうどあんな感じ。
このメロディーは、ヘラ越しの感触にそっくりだ。
『大丈夫』は、香り豊かなバニラエッセンス。
一瞬で血が顔に上るのが分かった。
きっと体中の血液が顔に――身体全部の血が顔に集まっているのなら、
循環器に異状をきたして気絶しているはずだと、どこか冷静に思う自分がいた。
恥ずかしいのか照れくさいのか区別できない。
自分の意思でしたことだが、なんだか悪い気がした。
結衣が実行したこと、それは――鞄の中身を撒き散らすことで、イメージは書類を持ったOLさんだ。
廊下には愛美から貰った白いクマの憎たらしい笑顔が愛嬌のある筆箱や、
キラキラのスパンコールがオシャレなのに若干裏返っていてユーズド感満載なお化粧ポーチ、
女子高生のマストアイテムプリクラ帳や、母親がくれたベタなブランドのお財布などが、
見事に散らばっている。
この行為を痛いと引いてはいけない、――女子高生なら誰しも一度は安い裏技をしたことがあるのではないだろうか。
そこまで勢いをつけたつもりはなかったけれど、
予想以上の広範囲、半径三メートル外の消火器の下にまで飛んでいっていた。
これだから数学の確率の予測は無意味だと結衣は思う。
物事は計算を用いた予定通りにいかないのだ。
強制的に入場させ、こんなくだらない茶番劇を披露してしまうなんて、
むしろ入場料を返金したい。
申し訳ございませんに角度をつけて頭を下げたい。
やり過ぎた感は否めない、わざとらしいったらない。