一なる騎士
第2部 精霊の愛し娘

(1)幼き姫

 緑の丘のうえを涼やかな風が渡る昼下がりだった。
 木陰に人の姿がある。金の木漏れ陽が、彼の、いや彼らの姿をまだらに染めていた。

 腰を下ろしてゆったりとくつろいでいるのは、黒づくめの騎士。その膝にまばゆい金の頭をのせて四つほどの女の子が眠っていた。側には彩り鮮やかな絵本。読んでいるうちに眠ってしまったのだろう。

 若い、けれども幼さの名残りのない精悍な顔をした彼は、愛しげに微笑むと、幼子の小さな頬にかかった一筋の金の髪をそっと大きな手で払いのけた。

 いまだ四つでしかないというのに、この子供は人目を奪わずにはいられないほど美しかった。鼻筋はすっきりと通り、唇は薔薇の花びらのよう。まごうことのない金の髪は、肩から背中へと渦巻きながら、流れ落ちている。けれど、白亜のように滑らかな肌は蒼白いと言ってよく、あまり健康的には見えない。

「う~ん」

 かすかにため息にも似た呻きをもらして、少女は目を覚ました。
 長い金のまつげがゆれ、希有な緑の宝玉のような瞳がのぞく。

「よく眠れましたか? セス様」

「うん」

 子どもは半身を起こすと、黒い騎士の服の腕をつかんで、そこにことんと額を押しつけた。

「セス様?」

 セス。
 正式の名はセラスヴァティー。

 大地の女神の数多ある名のうちの一つを名付けられたこの希有な幼な子は、『大地の王』の娘である。彼女はその長い名よりもセスと呼ばれることを好む。

「リュイスの側だと、すごく安心できる。こわい夢も見なかった」

 とても四つの子供とは思えぬ、しっかりとした物言いをこの姫君はした。

「それはよかった」

 この幼い姫君は、このところ、夜にはずっと酷くうなされて、あまりよく眠っていなかった。食欲もなく、育ち盛りだというのに、体重がちっとも増えていない。

 原因は分かっていた。せめてもう少し側にいてやれたらと思うが、リュイス自身は騎士として別に責務がある身ゆえ、それもなかなか叶わない。こうやって、なんとか暇を作って、わずかな時間を共に過ごすのが精一杯だった。

「リュイスは、わたしのことキライにならないか」
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