一なる騎士
 けれど、またもリュイスはひるまなかった。黒い瞳が激しい決意を見せて睨みあげてくる。のみならず、何の迷いも躊躇もなくアスタートに命じてきた。

「どけ」

「誰に言っている」

「それは僕のセリフだ」

リュイスの瞳にひときわ力がこもる。力強い声が響きわたる。

「どけ! 『一なる騎士』の命だ」

 アスタートのいかつい顔に驚きの色が走る。この青年にこんな声が出せるとは知らなかった。人が従わずにはいられないほどに、力のある声だ。
 リュイスはそれにさらにたたみかけた。

「お前は『一なる騎士』の勤めを邪魔するのか!」

 アスタートは無言で首を振り、横に退くと彼らを通した。

「そんなに引っ張らないで」

 老婦人の抗議の声を残して去っていく彼らの後ろ姿をなかば茫然としながら、見送る。

「隊長、よかったんですか」

 成り行きを見守っていた兵の一人がアスタートの側に寄ってきて、声をかける。

「ああ。『一なる騎士』には逆らえん」

 そう、本来、『一なる騎士』は騎士たちの頂点に立つもの。
『一なる騎士』の名で命ぜられれば、騎士である以上、従う他はない。
 
 しかし、それにしても。

(あいつ、どうしたっていうんだ。)

 練兵場では、年相応にふるまうリュイスだが、宮廷では、場違いの間所に迷い込んだ子どものように、頼りなかった彼である。

 母親は『一なる騎士』の高貴な血筋の者とはいえ、リュイスもまた爵位のない騎士の息子に過ぎず、確固たる後ろ盾もないでは、それもまた無理からぬことである。

 今まで、『一なる騎士』としての特権を振りまわそうなどとしたことがない。それが、あの変わりよう。

(なにが、あった?)

 奇妙な胸騒ぎがした。
< 16 / 212 >

この作品をシェア

pagetop