一なる騎士
 不意の問いかけに、リュイスは目を瞠る。今では、この幼くあどけない姫君が彼の全てだった。
 キライになるなど、とんでもない話である。

「いきなりおかしなことを仰いますね。なにかオイタでもしたのですか」

 幼い姫君は顔を上げた。宝玉のような緑の瞳に深い悲しみの色が浮かぶ。
 愛らしい唇から、苦しげに言葉が紡がれる。

「父様はわたしのことがキライだ」

 リュイスは胸をつかれる。こんなに幼いのになんと繊細なことだ。
 いや、幼いからか。

「そんなことはありませんよ。姫様をきらいになれる者などこの世にいやしません」

 この愛らしい姫君に魅せられないものなどいない。
 この宮廷中を探しても、この姫君を嫌いだという人間はいないだろう。

 そう、その実の父親以外は。

「でも、父様はわたしのことがキライだ」

 頑固に繰り返す姫君の様子に、リュイスは眉をしかめた。
 いやな予感がした。

「姫様。なにかあったのですか?」

 彼女の父親は実の娘を側に寄せつけようとしない。
 王妃が次の子どもを身ごもった二年前、それを理由にセスを王宮の敷地内とはいえ、離宮とも言えぬ粗末な建物に侍女を一人つけただけで押し込めたほどだ。
 母親にもなかなか会えない彼女が、父親に会うことは滅多にない。
 それで、どうして、ここまで思いこむのだ。

「母様に会いに行ったんだ。そうしたら、父様がいらした」

 リュイスの服をつかんだままの手に、ぐっと力が入る。
 彼は無意識のうちにその小さな手に、自分の手を重ねた。

「酷いことを言われたんですね」

 幼い子どもには聞かせるべきでない罵詈雑言が飛び出したことは、想像に難くない。あるいは、実際に手をあげたのか。

 その場に自分がいなかったことが呪わしかった。いや、いなくてよかったのだ。

 真の主を辱められて、後先も考えず、彼は王を切り捨てたかもしれなかった。

 どうして、実の子を、しかもこんなに愛らしい子を、あんなに邪険に出来るのか。

「わたしは、そんなに悪い子なんだろうか。リュイスもわたしのことキライ?」


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