一なる騎士
 広い部屋ではなかった。簡素な椅子と卓が片隅にあるきりで、特に目をやるものなどなかった。ただ片側の壁の出入り口が金糸銀糸の織りこめられた豪華な布幕に塞がれているのが目に付いた。

 ここは『王の間』の警備を司る衛兵たちの控えの間であった。

 しかし、多くの近衛騎士が『一なる騎士』の軍に自ら投降し、残った者たちも『一なる騎士』の軍を迎え撃つために、城内に散っている今、ここに詰めるものなど誰もいない。まったくの無人であった。

 そこに風が渦を巻いた。強風だった。金糸銀糸を織り込んだ重い幕すらが風をはらみ、揺れる。そして、まばゆい白い光があふれた。

 光の中に小さな人影が現れる。輪郭が徐々にはっきりしていく。
 風が止み、光が消えると、そこに金の髪の幼子の姿があった。

「ここ?」

 セラスヴァティー姫はあたりを見回した。見覚えのない部屋だった。しかし、姫にとってそんなことはどうでもよいことだった。

 彼女は呼ばれたのだ。強く強く望まれたのだ。だから、来た。来なくてはいけなかったから。

「父様?」

 呼んだのは父。だから、セスは父を探す。

 いまだ聞える声に導かれままに、目前の布に手をかける。金糸銀糸を織り込められたそれはことのほか重く、幼子の手には余るものだったが、精霊の愛し子の意志を感じたか精霊たちが手助けをする。風に押されるようにして、布がかき分けられる。

 そして、そのまま彼女は動きを止めた。開いた視界に広がっていたのは幼い姫にとっても異様な光景だったのだ。

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