一なる騎士
「何やってる、逃げるんだ」

 エイクであった。 

「しかし、姫が!」

「姫? 何言ってるんだ。とにかくここを出ないと……。大地の剣は後でもいいだろ」

 エイクはリュイスの言うことに取り合わず、ますます彼を引っ張る。思いもかけない馬鹿力で、振り切ることが出来ない。

 いや、それだけ今のリュイスが力を失ってしまっていたのだろう。

「離してください」

「リュイス……、間に合いませんでしたか」

 なかば息を切らせたクレイドルの声が後ろから響いた。風の精霊を使ってリュイスを助けたのは彼だったのだろう。

『大地の王』に対して精霊使いは役に立たないと、彼らは城外に残ったはずだった。しかし、リュイスは彼の突然の出現に頓着しなかった。いやする余裕などなかった。

「クレイドル? 姫が、姫があそこに!」

「ええ、わかっています。とにかくエイク殿の言うとおりここを出るんです。これはとても僕程度の力ではどうにもならない」

 あたりを見回しながらも精霊使いの長は言う。すでに彼ら以外の者たちは、広間から退去し出している。震動は収まらず壁や柱に入るひびはさらに大きくなりつつあった。天井の高い広間は、支える柱が倒れればあっという間に崩壊するだろう。

 その上に火の手まで上がり、煙が充満しだしている。しかも、大地の剣から放たれる炎は、死したとは言え大地の王の意志を受けたもの。剣と王の絆はまだ断ち切れてはいないのだ。精霊使いであるクレイドルにはいかんともし難い。

「しかし、姫をあのままにはできない」

 言い募るリュイスにクレイドルは厳しく断じた。

「もうあそこには姫はいません」

「いない?」

「いないんです」

 クレイドルの重ねての断言にリュイスの身体から力が抜け落ちる。

「さあ速く」

 両脇をクレイドルとエイクに抱えられるようにして連れ出された『一なる騎士』の足取りは、まるで夢遊病者のように頼りなかった。
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