一なる騎士
 リュイスじゃない。
 だって、リュイスと同じ黒い髪と瞳だけど。

 でも、でもリュイスは……。

「あ?」

 思い出せなかった。リュイスの顔が今のセラスヴァティー姫には思い出せなかった。
 でも、きっとあれはちがう。

 黒い甲冑に身を包んだ騎士。
 あれは殺人者、両親と幼き者たちすらもいともたやすく殺めたもの。

 いつだって優しかったリュイスではない。
 だから、黒き騎士が手を伸ばしたとき、幼き姫は逃げるように身を引いた。

「母様、助けて」

 ただただ混乱していた。
 ほんとうにどうしたらいいのかわからなかった。

 小さな手が己の胸元を押さえる。そこにはある堅いものに触れると、服の上からすがるように握り締める。なかば無意識のしぐさだった。

「姫、姫」

「我ラノ主ヨ」

「命ヲ、命ヲ」

 精霊たちが姫の恐慌状態に敏感に反応し、命を請う。
 そして、今や、姫の望みは一つ。

「ここはいや。どこか、どこかへ連れて行って」

「ドコヘ?」

「ドチラヘ?」

 あまりに抽象的な命に精霊たちすらも戸惑う。
 けれど、いまだ幼き姫にとって行き先などどこでもよかった、ただこの場でなければよかった。だから、セスはただこう命じた。

「ここでないところへ」

 とたん姫の小さな手の中から光が弾け飛んだ。虹色の光が。
 それが精霊たちへの指標となった。 

「エタリ」

 光の精霊が舞う、風の精霊が踊る。『移動』が始まった。
 姫の手の中にあったのは、母に身の守りとするように授けられたもの。

 月虹石。
 七色の輝きを放つ石。  

 遥かな昔、初代の『大地の王』の婚礼の祝いに、『天空』と呼ばれる異界から贈られたもの。

 それが異界への鍵となった。
 そうして姫は、真の『王』は、『大地』から姿を消したのだった。

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