一なる騎士

(2)大地の王

 まだ日が沈むには間があるというのに、カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、ふかふかの絨毯にだらしなく座り込んだ男が一人、酒をあおる。

 けれど、決して彼はただの男ではない。

『大地の王』、ヴィドーラ。

 カーテンの隙間から入り込んだ日射しが、赤い髪に炎をともす。
 黒に近い深緑の瞳は、酔いのため焦点があってはいない。
 床にはすでに空っぽになった酒瓶がいくつも転がっていた。
 それでも、まだ酒を飲む手を止められない。

 胸の中にわだかまった黒い塊。
 忘れたいのに、忘れられない。
 思いもかけず、昼間行き会った我が娘。

 あれが我が子だと自慢に思えばいいはずなのに、それができない。
 そんな己が情けなくて、酔わなければ、すべてを忘れなければ、とてもやってはいけなかった。

 昔はこれほど飲んではいなかった。
 もともと、好きでもなかった。
 いつも頭をはっきりさせておくためには、酒は邪魔な存在でしかなかった。

 それが、いつからだろう。

 はじめは寝酒に少量たしなむ程度だったのに、やがてそんな量では眠れなくなり、日に日に量が増えてきた。
 そして、いまや、毎夜、浴びるようにと言う形容そのものに飲み続けている。

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