一なる騎士
(でも、姫様のためですもの)

 と、ふいにセラスヴァティー姫が目を開けた。宝玉のような緑の瞳は、のぞきこむサーナを通り越して、どこか遠くを見ているようだった。

「姫様?」

「いる、外によくないもの、悪いものがいる」

「え?」

「あの子たちが、そう言ってる」

「何がいるんですか?」

「なぜかな。よく聞こえない……」

 そのまま眠りに引き込まれるように目を閉じてしまう。薬が効いているのだ。

「姫様……」

 胸に鉛の球でも抱いたような重い不安を覚えたサーナは、外を確認しようと、窓際に行きかけて思い直した。

 大急ぎで、ベッドの下に手を差し入れると、細長いものを引っぱり出した。
 それは女性でも使えそうな、小振りで、細めの剣だった。柄も女性が握るにふさわしく、華奢な造りだ。

 けれど、決してなまくらなどではない。使いようによっては、充分な殺傷能力を発揮するだろう。ただの侍女の手に、あまりかねない危険な代物だった。

「私にできるんだろうか」

 思わず、不安げな呟きがもれる。
 いつかは、こんなことになるのではないかと思っていた。
 リュイス様は、いつでも姫様のお側にいられるわけではなくて。
 いざ、なにか事があれば、姫様を護ることができるのは、側付きの自分だけだ。

 だから、同じ城勤めの従兄に無理を言って、仕事の合間に剣の稽古を付けてもらったのだ。従兄は城でも屈指の剣の使い手であったが、同時に優秀な教師でもあった。鍛錬を重ねるにつれ、彼女の動きは俊敏に、そして隙なく優雅なものに変わっていった。

 しかし、それが実戦で通用するかどうかになると、まるで別問題なうえ、この狭い子ども部屋では、いくら小振りとはいえ、剣を振り回せない。

 もっと安全な場所か、せめて、もう少し戦いやすい場所に移りたかった。

「姫様」

 しかし、呼びかけてもゆすってみても、もうセラスヴァティー姫は目覚めなかった。
 仕方なく、サーナは剣を脇に置き、幼い姫を抱き上げようと手を伸ばしかけた瞬間だった。

 ものすごい勢いで、窓を蹴破って、黒いものが飛び込んできた。
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