一なる騎士
 ふたりとも断末魔の悲鳴をあげる暇すらなかった。
 部屋は飛び散る血と、燃え上がる炎で赤く染まった。

 妙に冷静な気分で、サーナは二人の暗殺者の崩れ落ちる様をみつめた。あわい緑の絨毯に、赤い血溜まりが出来ていく。たぶん、自分も血だらけだろう。あとの掃除と洗濯が大変だ。

 部屋の中には、破られた窓から入ってきたのか、風が吹き荒れていた。

 結い上げていた栗色の髪が、崩れ落ち、舞い踊る。

 それが、顔にかかって、視界がふさがれる。うっとうしくてたまらなかった。片手で髪を押さえながら、いっそ短く切ってしまうのもいいかも知れない、などと考えた。

 暗殺者の一人から発し、彼をあっさりと焼き殺した炎は、黒こげの焼死体をひとつ作るだけでは満足しなかったらしい。風に扇がれ、窓辺のカーテンに移り、さらに燃え広がった。ぶすぶすと、黒い煙をあげる。このままでは天井にまで燃え移るだろう。
 
 そこまで、考るに至って、サーナは我に返った。のん気に掃除や洗濯や散髪のことを考えている場合ではない。

「姫様!」

 サーナは、あわててふりかえった。幸いにも、セラスヴァティー姫は、この騒ぎでも眠ったままだった。いまだ手にしたままだった剣を放り捨てると、彼女は幼き姫を抱き上げ、炎と煙が充満しはじめた部屋を飛び出した。
< 43 / 212 >

この作品をシェア

pagetop