一なる騎士

(9)旅立ちの朝

 ようやく夜が明けようとしていた。

 白い朝靄の中を、リュイスは片腕にセラスヴァティー姫を抱き、もう片手でサーナの手を引いて、城の裏門に向かっていた。
 裏門を出れば、精霊使いたちが迎えに来ているはずだった。

 ふとリュイスの足が止まる。
 彼らの行く手に、黒々とした大きな影が浮かび上がった。

「リュイス様?」

 サーナが不安げな声を上げる。

 一晩眠って、かなり平静に戻ったとはいえ、昨日の夜の出来事で、彼女の心は大きな衝撃を受けていた。気丈にふるまっていても、ちょっとしたことに怯えの表情を見せる。
 安心させるように、リュイスはサーナの手を引いた自分の手に力を入れた。

 人影は見回りの兵のはずはない。定期巡回の時間は調べてある。
 アスタートが手を回すこともできたが、無用の騒動を起こさぬため、人目を避けての移動である。

 視界が悪い。

 人影を見極めきれない。

 一瞬、姫に差し向けられた暗殺者ではないかと、肝の冷える思いがしたが、まるで散歩でも楽しむかのようにゆったりと近づいてくる様子では違うようだった。

 酔狂な貴族が早朝の散歩でもしているのだろうか。

 鉢合わせする前に隠れてやりすごした方がいいだろうかと、思案を巡らしていると、人影の方から声をかけてきた。

「私だ、リュイス殿」

 声を聞き分けてリュイスは安堵する。

「アスタート卿?」

 リュイスが彼の私室に姫とサーナを迎えに行ったときには、部屋の主の姿は見あたらなかった。すでに身支度を整えていたサーナに尋ねると、大事な用があるとかで出かけたと言う。

 人影はどんどん近づいてきた。

 と、ふいにリュイスの腕の中で、まだ半分眠っていたはずのセラスヴァティー姫が身動きをした。

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