一なる騎士
 彼は強い。『大地』の騎士において屈指の強者だ。

 リュイスとて、並の相手であればけっして引けを取らない程度の自信はあるが、あのアスタートに勝てるかどうかとなると話は別である。
 練兵場でも勝てたのはついに一度きりだった。

「……そうか?」

 ふいに聞こえてきたのは、か細い女の声だった。
 思わず書面から顔を上げたが、書斎には今は誰もいない。

(空耳か?)

 しかし、奇妙な感じだった。頭の中に直接ささやきかけられたような。

(精霊の声?)

 ふるりと頭をひとつふる。
 そんなことがあるわけがない。
 自分は『一なる騎士』なのだから。

 己の意に反した精霊の干渉を受けることはないはずだ。だからこそ、精霊達の悪戯から幼き姫を守ることができていたのだ。

 やはり、単なる空耳だろう。
 慣れない書き仕事に疲れているのかもしれない。

 リュイスが無意識に眉間を押さえたとき、扉が大きな音を立てて盛大に開いた。




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