一なる騎士
 この男には、何が飛び出すかわからないびっくり箱のようなところがある。
 はたして、エイクはリュイスの思惑などまったく気にかける風もなかった。

 にこやかに答える。

「そそ、御用、御用。ほら、外はこんなに天気がいいし、遠乗りにでも出かけようよ。部屋の中にこもりきりじゃカビがはえちゃうぞ」

 現状がまったく見えていないようなあまりなお気楽ぶりに、リュイスは眉をひそめた。

 これで『大地』の最高学府ともいえるあのエルウェルにいたことがあるとは驚きである。

 六年の課程を修めきれずに途中退学したという話なので、きっと公爵が金と権力にものを言わせて無理矢理押し込んだのだという噂は本当だろう。

 まったくもって姉のサジェルもとんでもない男に嫁がされたものである。

 この男が、あの狡猾なセイファータ公爵の実の息子だとは今もってまだ信じられない。義理の兄とはいえ、あまり係わり合いになりたい相手ではなかった。

「お誘いはうれしいのですが、仕事がありますので今日のところはご遠慮致します」

 丁重ではあるが、明確な断りの言葉。しかし、エイク・セイファータはまったくめげなかった。

 机の向こう側から、ずいっと身を乗り出すと、リュイスの顔を覗き込んできた。

 父親の公爵と同じ灰色の瞳。けれど、何の邪気もない眼差しがいぶかしげにリュイスに向けられる。

「どうしたの? 暗い顔をしてせっかくの美人さんが台無しだよ?」

(び、美人さん?)

 大の男に対してどうしてそういう単語が出てくるのか、彼の言語感覚にあきれながらも絶句するリュイス。

 まだ少年の面差しを残していた数年前ならともかく今の立派に成長した彼にそんなことを言う人間はいなかった。

 しかし、返事がなくともエイクは一人で勝手に自己完結していた。

「やっぱり、こんなところにいるから悪いんだ。ささ、外に出よ、外に。僕ってなんて義弟想いなんだろう」

 思いもかけない馬鹿力に引っ張られて、リュイスはしかたなく、ほんとうにしかたなくなく義理の兄に従った。

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