こころ、ふわり


芦屋先生はしばらく私を見ていたけれど、やがて手に持っていた資料を机に置くと私を手招きした。


「こっちで話そうか」


先生が促してきたのは、私が入り込んだ準備室だった。


たしかにここなら、外から美術室に誰かが来てもすぐに隠れられるし、窓もないから見られる心配もない。


私は先生に言われた通り、準備室の中へ入った。


狭い準備室では空いているスペースもろくに無くて、私と先生との距離は必然的に近くなった。


1人で勝手にドキマギしていると、先生から声をかけてくれた。


「ずっと言いたかった。メガネケース、ありがとう」


「あっ……はい」


不意打ちでお礼を言われたので、一瞬何のことだか思い出せないくらいだった。


「勝手にロッカーに入れちゃってすみませんでした」


ラブレター張りの届け物だったから先生が引いてないか心配だったけれど、先生の顔を見てみたらいつもの穏やかな顔だったので安心した。


「普通に会話できたらいいんだけど、そうもいかないからお礼も言えなくて。遅くなってごめんね」


「いいんです、分かってます」


私は頑張って笑顔を作って先生に向けた。


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