アンガー・グラッチ・ヘイトレッド
彼女は一瞬だけ振り返り俺の顔を見る。
目が合う。
と、直ぐに前に向き直り、威勢の良いかけ声とともに宙に飛んだ。足にバネでも付いているのか?と思うくらいの高さ。
落下と同時にデッキブラシを黒い玉目掛けて振り下ろ、黒い玉は真ん中からぶった切られて2つになって、声の無い叫び声を上げながら黒い煙りになって消えた。
着地と同時にそよ風が吹き彼女の髪がさわさかになびく。
その間俺は手足を動かすことも瞬きする事も出来ずに、目の前で起きている事をただただ見ていた。
「アンタにもクロちゃんが見えてるのね。」
彼女は鷹のような鋭い目を向けてくる。
「クロちゃん?」
と、一瞬だけ考えたけどすぐにあの黒い玉のことだと分かった。
「あぁ!あの黒…いやいやマッドボールのことか。」マッドボールって名前は咄嗟の思いつき。
彼女は出入り口に向かって歩きながら、
「アレの事をどう呼ぶかは自由だけど…」俺に背を向けたまま扉に手を掛けて立ち止まり、「死ぬわよ。」と威圧的に言った。
「白…。」
俺の一言に怪訝そうな顔をして彼女は振り返った。
「…?」
「あんなに跳ぶんだったらさスパッツか何か履いた方がいいと思うぜ。」
ブンッ!と勢いよく空を切る音がしたかと思うと頭の上で金網がガシャリ!と物凄い音をたてて、さっきまで彼女が手に持っていたデッキブラシが2つに割れて降ってきた。幸いにも頭には命中し無かったけど、もし彼女が直接俺を狙ってデッキブラシを投げていたらと思うと、ゾッとする。
「バッカじゃないっ!」
そう吐き捨て立ち去る彼女に、
「俺は修一!マッドボールはぁ…!」
そう叫んだ。
彼女は完全に俺を無視して言ってしまった。俺は折れたデッキブラシを見つめながら一人言、
「俺が倒す。ってね…。可愛い子だったなー。マッドボールねぇ…面白くなってきたじゃん。」
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