アンガー・グラッチ・ヘイトレッド
ぶんっ!と顔のすぐ近くで空を切る音がした。
「(なんだ?)」
恐る恐る目を開ける。
すると黒い球体は二つに裂かれ、声にならない叫び声をあげながら夜空に昇っていった。
彼女は竹刀を下ろすとふぅ。と呼吸を落ち着かせて、俺に手を差し伸べてきた。
「ほら。いつまでも寝てないで。みっともないでしょ。」
彼女の手を握るとものすごい力で引っ張り起こされた。
「あ、ありがとう。」
彼女は手を離す。
「どこもケガはない?」
「あっと…、大丈夫。」
本当は彼女の竹刀が鼻の天辺をかすった気がしていたのだけど。
「そう。じゃあ真っ直ぐ家に帰りなさい。」
彼女はそう言って公園の出口を指差す。
「え、あ、はい。」
彼女の勢いに圧されるように俺の足は出口に向かって動き出す。
「クロちゃんに襲われないように…ね。」
「(クロちゃん?)」
彼女が一人言のように呟いた言葉に僕の足は止まる。振り返って彼女の顔を見る。
「あの…。」
「どうしたの?」
僕は精一杯真剣な口調で話す。
「いや、さっきの…クロちゃんって何ですか?」
言ってからクロちゃんと聞こえたのが聞き間違いだと恥ずかしいなと不安になる。
するとさっきまで凛とした表情だった彼女の表情が、目が少しだけ丸くなり顔が真っ赤とはいわないまでも赤くなる。
「聞こえてたの?」
「うん。」
彼女は俺から視線を反らし、
「だめ!」
「え?」
彼女は竹刀の先で地面に無造作に線を書き出した。その仕草は、どうして余計な事言っちゃったんだろう。と後悔してるように見えた。
「早く帰りなさい。」
「ちょっと…!」
「いいから!帰って!アタシとクロちゃんに関わると痛い目にあうわよ!?」
彼女は険しい表情に変わり俺を睨み付けている。
「そんなに怒んなくても…俺は…ただ…。」
「ただ何よ?」
「そう!お礼したいんだよ!危ないとこを助けてもらったわけだし。」
< 9 / 88 >

この作品をシェア

pagetop