蒲公英
カラン…―。
まだ午後の4時だった。
closeの札を無視して、僕は馴染みのバーのドアを開けた。
この時間ならすでにマスターが店にいることを知っていたから。
「すみません。まだ準備中なんですよ」
マスターが顔もあげずに答える。
相変わらず無愛想で、これが一見さんだったらどうするつもりだなんて、頭の片隅で心配してみる。
「マスター…」
「なんだ、愛海か」
思ったよりもずっと情けない声がでた僕にマスターは驚いたようだ。
「ひとりで来るなんてめずらしいな。仕事はどうした?」
そんなの休んだに決まっている。
泊まっていった河南子が目覚める前に僕は家を離れ、今の今まで一面の蒲公英を眺めていたのだ。
だがとてもじゃないがそれをマスターに説明する気にはなれず、僕は黙ってカウンターに座った。