エングラム



「シイ」

車椅子に座りうなだれるケイが、似合わない明るい声で言った。

「ごめんねぇー…車椅子、押して」

パッと上げられた顔は、笑ってる。
表情の裏と、声の奥に悔しさを滲ませて。

「ああ」

シイが車椅子の取っ手を握った。そのまま二人は病室を出て行く。


車椅子に乗るケイの姿を見て、やっと分かった。

──ケイがもう、全てを諦めていることを。

「………」

私とユウと沈黙だけが残された病室にノックの音が訪れた。

それは返事を待たず、直ぐに白い扉が開かれた。

「──こんにちは」

そう言って入ってきたのは、黒い髪をした白衣を纏う医者。

「こんにちは」

私とユウは同時に言い、立ち上がって頭を下げる。

「ご丁寧にどうも。──惠太くんの主治医の、天宮詠人です」

そう言って、白衣につけられたネームプレートを摘み見せる。

シャープな顔立ちに、銀縁の眼鏡がよく似合う医者だった。
なかなか若いし人気がありそうな優男タイプだ。

「天宮さん、ですか。私たちは彼の友人です」

ユウがそう良い、私も軽く頭を下げる。



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