エングラム
確かに彼は、もう分かっているのだろう、この先を。
「楽器をやっているんだろう?彼」
「えぇ、私たちと一緒に」
そうか青春だな、と天宮医師が口元に笑みを浮かべる。
「状況が落ち着いてから、彼は言ったんだ。──楽器が出来る程には回復しないんですよね、と」
ユウと私は黙ってその話を聞く。
私は椅子に座ったまま、ユウは立ち腕を組んで。
「どんな楽器なんだと聴いたら、エレキベース、弦だよ先生。と笑顔を向けてくれたよ」
天宮医師は眼鏡のフレームに手を当てて続ける。
「指先までがちゃんと動くことは難しい、そう言おうとした私への皮肉だったのかな」
その通り。皮肉だったのだろう。
「だが右足はリハビリ次第で戻ると言ったが、それは違うよと彼はこう言った」
──僕はもう先のことは分かってるんだよ。
「──…だから先生が何言っても無駄だよ、と」
ユウが金髪を揺らして笑い声を漏らした。
「皮肉屋でしょう、彼」
「うんまぁそうなんだけど、希望は捨てて貰いたくないわけだ」
いかにも医師らしいセリフだ。