エングラム
「ふふっ、失礼しましたシランさん」
ユウは口元を手で抑えて笑うと、椅子に腰を下ろした。
「…いえ」
ケイ、リハビリする気ないんだ。
仕方ないと言えば、仕方ないのだけれど。
その一言で表すと、見捨てるものが多過ぎる気がする。
「……けどケイには歌がありますよね」
だから、だから。
続きが見当たらない言葉を繰り返す。
「彼は小学5年生からベースを持っていました」
小さい体で、ギターより大きな重いベースを。
「どんなきっかけで始めたかは知りませんが、彼は直ぐにのめり込みました」
ユウが言いたいことが分かった。
──のめり込んだものを奪われたら?
「未来なんか知りたくないでしょうねぇ、けど彼は知らざるをえない」
ユウは髪を耳にかけた。
幾つもピアスがつけられた耳が露になる。
「さて、どんな気分でしょう」
独り言のようで、そうでないようで。
言葉が見つからなくて、ごめんなさい、と謝った。
「謝る必要もないのに謝らないでください」
ユウがくつくつと笑った。
「………」
返事に困った。
私が持っている言葉は、少ない。
暫くすると、ケイとシイが戻ってきた。
昔話を一時間ほどしてから、私とシイは別れを告げてそこを出た。
ユウはまだ残ると言っていた。