ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「あの男の何がいい。顔か、金か? 媚びへつらいの成り上がり財閥の直系の肩書きがそんなにいいか?」
顔に薄い笑みを浮かべて、憐憫にも似た声を放つ。
「何が『気高き獅子』だ? ただの……不躾に粋がるガキなだけじゃないか。不釣合いなご大層な字(あざ)名ばかりが一人歩きする……まさに愚の骨頂だな」
あたしが怒り心頭で、握りしめた拳を振るわせていることすら判らないらしいこの男。
「なあ神崎」
一度言葉を切ると斜めに首を傾げるようにして、僅かに細めた目で、あたしの瞳を覗き込んでくる。
「僕は金や権力もある。あんな奴よりよっぽど僕の方が…「……のくせに」
あたしの怒りに震えた声が、先輩の言葉を遮った。
「何も知らない完全部外者のくせに、櫂(かい)を侮辱するなッッ!!!
それにねッッ!!
あたし達をそこいらの男女の様に、
簡単に崩れ去る薄っぺらい関係と一緒にしないでよッ!!」
怒鳴り終えた後、はっと気づく。
あたしは先輩の胸倉を掴んでいた。
先輩は最初こそ驚いた顔をしていたが、いつの間にやら詰まったその距離に、にやにやと薄い笑いを浮かべる。
「……ほう?
今日は随分と、積極的じゃないか」
途端、本能的な悪寒を感じて、あたしは身を捩じらせた。
「何だ、照れているのか? 大丈夫だ。この場所は僕の独壇場、更に人払いもしてある。此処では…ずっと2人きりだ」
依然薄く笑うこの男…
脳内は、怪しいピンク色に汚染されているに違いない。
あたしは…戦意すら失い、ただ呆気にとられるだけ。
理解し難い人種との会話は、何処までも交わることはないと実感した。
あたしはこの上なく大きなため息を1つつくと、先輩から手を離す。