ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~




思わず唇が戦慄(わなな)いた…

――…その時。


不意に部屋の向こう側が、がやがやと煩くなったように感じた。


怒鳴り声が聞こえる。



「残念、時間制限(タイムリミット)のようだ」



その言葉で、また男のスイッチが切り替わった。


男の顔に浮かぶのは、胡散臭い爽やかさ。

酷薄めいたあの顔は、微塵にも見えない。


それに安心していいのか、警戒しないといけないのか。

あたしにはよく判らない。



「動物にパン屑って、効果絶大だね」

「は?」




そして――




「芹霞ッ!!??」




櫂の声と共に、ドアが開いたんだ。




「え、か、櫂!? 煌!?」



全ての色彩を闇に埋める漆黒色。

暗くても輝く橙色。



突如部屋に現れた2人は、あたしの格好に一瞬言葉を失くしたようだったが、あたしは櫂の逞しい胸に引き寄せられた。


嗅ぎ慣れたシトラスの香水の匂いに、気分が安らいでいく。


余程あたしは緊張していたらしい。


緊張を促したのは、不可解な怪物なのか、酷薄な青色なのか…何とも判別しがたい両要素だけれど、櫂の漆黒に触れると、安堵に筋肉が弛緩していくのが判るんだ。


櫂は少し身体を離すと、あたしの両頬に手を添え、憂えた切れ長の瞳を痛い程真っ直ぐに向けてくる。


「……無事か?」


たった3文字に櫂の心が伝わってくる。


乱れた息遣い。

額に流れる汗。


大分…心配させてしまったんだね。


「無事よ。大丈夫。ありがとう櫂」


にこりと頷いたら、切なげに顔を歪めた櫂に、またきつく抱きしめられた。


急いできたのだろう。

耳にあたる櫂の心臓の音が、いつになく早い。

< 101 / 974 >

この作品をシェア

pagetop