ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
思わず唇が戦慄(わなな)いた…
――…その時。
不意に部屋の向こう側が、がやがやと煩くなったように感じた。
怒鳴り声が聞こえる。
「残念、時間制限(タイムリミット)のようだ」
その言葉で、また男のスイッチが切り替わった。
男の顔に浮かぶのは、胡散臭い爽やかさ。
酷薄めいたあの顔は、微塵にも見えない。
それに安心していいのか、警戒しないといけないのか。
あたしにはよく判らない。
「動物にパン屑って、効果絶大だね」
「は?」
そして――
「芹霞ッ!!??」
櫂の声と共に、ドアが開いたんだ。
「え、か、櫂!? 煌!?」
全ての色彩を闇に埋める漆黒色。
暗くても輝く橙色。
突如部屋に現れた2人は、あたしの格好に一瞬言葉を失くしたようだったが、あたしは櫂の逞しい胸に引き寄せられた。
嗅ぎ慣れたシトラスの香水の匂いに、気分が安らいでいく。
余程あたしは緊張していたらしい。
緊張を促したのは、不可解な怪物なのか、酷薄な青色なのか…何とも判別しがたい両要素だけれど、櫂の漆黒に触れると、安堵に筋肉が弛緩していくのが判るんだ。
櫂は少し身体を離すと、あたしの両頬に手を添え、憂えた切れ長の瞳を痛い程真っ直ぐに向けてくる。
「……無事か?」
たった3文字に櫂の心が伝わってくる。
乱れた息遣い。
額に流れる汗。
大分…心配させてしまったんだね。
「無事よ。大丈夫。ありがとう櫂」
にこりと頷いたら、切なげに顔を歪めた櫂に、またきつく抱きしめられた。
急いできたのだろう。
耳にあたる櫂の心臓の音が、いつになく早い。