ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


芹霞は温かな家族が在った。


婿養子の優しい父親と、お菓子作りが趣味の少し気が強い母親。

一人暮らしをしているという、月に数回目にする姉は、近寄り難いような凛とした美人で。


皆、実の子供のように俺を可愛がってくれた。


後で聞けば、俺の母親と芹霞の母親は幼馴染みで、だから一層、隣り合う両家の交流は深かった。


紫堂の家ではありえぬ心地よさ。

温かさの中心は、勿論芹霞だ。


正直、俺は実の母親を快く思っていない。

紫堂の家では、親父から罵倒される俺を、見て見ぬふりしかしなかった女。


俺は紫堂の家ではいつも1人で。


家を出された時、母親も一緒だったことが不思議だったくらいだ。

結局母親は病死し、一緒に居た時間は短かったけれど、特に感傷もなかったと思う。


生まれついての心臓病。

彼女の家系らしい。


俺の体は病弱だったが、心臓だけは健やかだったから…一層、母親との隔たりを感じていたように思う。


俺には芹霞さえ居ればいい。


芹霞と離れるのが嫌で、本当に恥ずかしくなるくらい芹霞を追いかけ、離れていかないように、その手を必死に握っていた。


離れないで。

行かないで。


そればかりを願っていた。


それは今も尚…俺の心に反響する。


離れていくな。

俺を置いていこうとするな。



――…ちゃん、芹霞ちゃん!!!?


 
"あたしは居るよ"


芹霞がいない闇の虚空に、芹霞の声だけが返った時。


本当に嬉しかった。



「……芹霞」



お前はまだ、闇に惑うのだろうか。


惑っていても、俺の声は聞こえるだろうか。
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