ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


そして、妖しげな黒い瞳を、ゆっくりと俺の奥に合わせる。

瞳に映るのは、橙色。




「おい、馬鹿犬。


…… 直談判すると息巻いていたくせに、何だそれは?」




迫力ある低い声を轟かせ、彼女は手にある一升瓶を、今まさに敵前逃亡を試みていた煌の背中に投げつけた。


それはそれは。


手首のスナップをきかせたような、とても軽い所作が生んだのは、人智を超えた『超速』。


暴風を伴ってうねるようにキュルキュル音を立てて突き進む様は、何人たりとも反応すら難しい。


俺の動体視力でも、"かろうじて見える"レベルだ。




「うぎゃあっ!?」




彼女は、一瞬にして俺の前から姿を消し、煌の元に現れる。

そして俯せに倒れて痙攣している目下の煌の背中を、白い太股を露わにさせた足で、思い切り踏みつけた。


たった今、凶器をぶつけたその場所に。

本当に容赦なく。

殺すつもりかと思われるくらい、力を込めて。

ぐりぐりと踵まで使って。

あの桜までもが、顔を引きつらせている。




「ぐえっ」




蛙が踏み潰されたかのような煌の声。


緋狭さんはそれを気にするでもなく、床でくるくる回る一升瓶を再びに左手にすると、勝ち誇ったかのように揚々と、ぐびぐび音をたてて酒を飲み始めた。


――圧勝、だ。



玲がぼそりと呟いた。



「煌が逆らえない意味、判るよ、僕」



それは俺も同感だ。

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