ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「俺の名前。
昔、そう呼ばれた記憶がある」
名前なんてあったんだ。
というか、どれだけ『道化師』という字名を定着させていたんだろう、この男。
男は再びあたしに顔を合わせる。
「だから、名前」
「?」
あたしの名前を聞いているのだろうか。
今更――?
「ええと…神崎…「誰がお前の名前聞いているよ!!!」
怒られてしまった。
苛立ったように、男は言う。
「だから――
呼んでみろよ、名前」
そして、ぷいと…また顔を横に背けてしまった。
"名前"って……。
「……呼んで、欲しいの?」
答えはない。
だがその顔が――仄かに赤い。
肯定、しているらしい。
意外だ。
本当にこいつは意外すぎる。
――ぎゃはははは。
初めて出会ったあの月夜。
煌を退け、櫂のアバラを外した男が、
実はこんなに可愛かったなんて。
だからあたしは――
「よろしくね、
――…陽斗」
にっこり微笑んだあたしに、
男は泣き出しそうな顔で笑い出した。
その笑い声は、まだぎゃはぎゃはだけど。
それでも――
金色の太陽のような輝きで創られた顔は、その恩恵を受けたしなやかな動物の如く。
鋭さを秘めた野性的な精悍さに彩られながも、それとは相反するようなあどけない笑いを浮かべた。
初めて道化師――
陽斗の顔を正面から見た気がする。
彼は月夜の住人ではない。
ちゃんと…お日様の元で生きられる人間だ。
やはり何だか少し…
煌の感じに似ている。
「隠したかったんじゃないの、名前」
「ただのきまぐれだ。
絶対、俺を信用するなよ?」
真摯な金の瞳が向けられ、そして男は…ぎゃはははと笑った。
「友達に、なれる?」
「無理」
そしてまたぎゃははははと笑った。