ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「いやあ、蒼生ちゃんがあたしの声を戻せたなんて吃驚仰天。しばらく話していなかったから、早く喉を潤いたいよ~」
久しぶりの大きい声を出して、櫂に意思表示をする。
聞け。
黙って聞いていてくれ。
電話の奥からは声はない。
切れてもいない。
判ってくれたらしい。
「うーん、"むにゃむにゃみかん"と"ぐにゃぐにゃみかん"と、どっちのオレンジジュースがいい?」
う…。
何だい、それ…。
何だか…煌が喜びそうだ。
「だ、だったら…"むにゃむにゃみかん"を…」
「了解~」
蒼生が席に戻ってきて差し出されたのは。
"むにゃむにゃみかん"と書かれたオレンジジュース。
「どうしたの? 飲まないの?」
「い、頂きます」
あたしはオレンジジュースの缶を受け取りながら、こっそりと携帯を蒼生から見えないように移動する。
ぐびぐびとビールを飲む蒼生。
むにゃむにゃ…中に入っているみかんを、"食べる"あたし。
普通のが…よかった…。
「………」
改めて見るけれど、彼は裸だ。
女の子がいるのに、裸だ。
隠す気もないらしい。
神崎家には…暑いと直ぐ上半身を脱ぐ巨大ワンコがいるから、今更…"きゃっ"などと目を覆うことはないけれど、それは8年もの幼馴染だから許されることであって。
幾ら腐れ縁たる緋狭姉の妹相手とはいえ、蒼生という男には、フェミニストであっても、デリカシーというものがないんだろうか。
見兼ねて、諫(いさ)めてしまうあたし。
「いい加減服着てよ、蒼生。え? まあ……良い身体してるんじゃないの? よく判らないけど。触る? 別にいらないよ、だって割れた腹筋なら何度も触ったことあるもん。煌の。あいつ筋肉馬鹿だから。え? 玲くんのはって? あ、割れてたよ。不思議だよね、引きこもってばかりいるのにね」
携帯から、むせ込む音がする。
櫂、あんた何音たてるのよ!!!
「……ん?」
その音に僅かに目を細めた蒼生。
あたしは誤魔化すように、げほげほ咳をした。
「しばらくぶりに喋ったら、何か喉がイガイガしちゃうね。あははは、オレンジジュースいただきまーす」
必要以上の大声と空笑い。
電話は押し黙った。