ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


「いやあ、蒼生ちゃんがあたしの声を戻せたなんて吃驚仰天。しばらく話していなかったから、早く喉を潤いたいよ~」


久しぶりの大きい声を出して、櫂に意思表示をする。


聞け。

黙って聞いていてくれ。


電話の奥からは声はない。

切れてもいない。


判ってくれたらしい。


「うーん、"むにゃむにゃみかん"と"ぐにゃぐにゃみかん"と、どっちのオレンジジュースがいい?」


う…。


何だい、それ…。

何だか…煌が喜びそうだ。


「だ、だったら…"むにゃむにゃみかん"を…」

「了解~」

 
蒼生が席に戻ってきて差し出されたのは。


"むにゃむにゃみかん"と書かれたオレンジジュース。


「どうしたの? 飲まないの?」

「い、頂きます」


あたしはオレンジジュースの缶を受け取りながら、こっそりと携帯を蒼生から見えないように移動する。


ぐびぐびとビールを飲む蒼生。

むにゃむにゃ…中に入っているみかんを、"食べる"あたし。


普通のが…よかった…。


「………」


改めて見るけれど、彼は裸だ。

女の子がいるのに、裸だ。


隠す気もないらしい。


神崎家には…暑いと直ぐ上半身を脱ぐ巨大ワンコがいるから、今更…"きゃっ"などと目を覆うことはないけれど、それは8年もの幼馴染だから許されることであって。


幾ら腐れ縁たる緋狭姉の妹相手とはいえ、蒼生という男には、フェミニストであっても、デリカシーというものがないんだろうか。

見兼ねて、諫(いさ)めてしまうあたし。


「いい加減服着てよ、蒼生。え? まあ……良い身体してるんじゃないの? よく判らないけど。触る? 別にいらないよ、だって割れた腹筋なら何度も触ったことあるもん。煌の。あいつ筋肉馬鹿だから。え? 玲くんのはって? あ、割れてたよ。不思議だよね、引きこもってばかりいるのにね」


携帯から、むせ込む音がする。

櫂、あんた何音たてるのよ!!!


「……ん?」


その音に僅かに目を細めた蒼生。


あたしは誤魔化すように、げほげほ咳をした。


「しばらくぶりに喋ったら、何か喉がイガイガしちゃうね。あははは、オレンジジュースいただきまーす」


必要以上の大声と空笑い。


電話は押し黙った。

< 630 / 974 >

この作品をシェア

pagetop