オバケの駐在所
そこまで言うと
タイミングを
見計らっていたのか、
いつの間にか部屋の扉の前に
立っていた女性が
一礼してから
俺に歩み寄ってきて
耳打ちをしてきた。

「――第二応接室に
お通ししておきますので、
お急ぎください」

その女性の口から
告げられた人の名前を聞いて
内心ドキッとする。

彼女も微笑んでいたが、
わざわざ講習中に
言伝をするということは
そうとう不安なのだろう。

ナチュラルメイクも
もどかしいと言った具合に、
ぐっと口元を引き締めて
表情を保っている。

そこできびすを回した
女性の腕を掴んで
俺自身も気持ちを戒めた。

「……くれぐれも丁重にな」

俺の言葉を聞いて、
彼女の顔色も曇りがかったが、
しかしすぐに
意を決するように頷いて
その場を後にした。

受講者の面々は
なんだなんだと
落ち着きをなくし、
口々に呟いている。

説明せざるをえまい。

「……話の腰を折って
申し訳ありません。
取引先のお客様が
急に会社を来訪されたそうで、
その取り次ぎにきただけです。
もちろん問題はありません。
さしあたって
問題があるとすれば、
講演の時間を少し
オーバーしてるくらい
ですかね。
ですので今日のところは
これで終わりにしようと
思いますが、
最後に話したことは
みなさんもよく
反芻しておいてください。
人は自分のこととなると
無頓着になるものですからね。
みなさん、お集まりいただいて
ありがとうございました」

俺はマイクを
スタンドに戻して、
急いで壇上を下りた。
< 537 / 566 >

この作品をシェア

pagetop