ホタル
......ふいに背後でガチャリと音がして、あたしの心臓は思い切りはね上がった。
急いで煙草を携帯灰皿に押し付け様としたが、その前に目が合ってしまった。
目が合ってしまったらもうどうしようもないことを、あたしは知ってる。
「朱音、帰ってたんだ」
また少し大人びた声で、あたしの名前を呼んだ。
違う意味で心臓が跳ねる。
「裕太......帰ってたの?」
とりあえず冷静さを取り戻そうと、一番無難な質問をした。
そんなあたしを裕太はキッチンから見ていたが、「あ」と小さく呟くと、こっちに向かって駆け出した。
いきなりの事で思考がついていかない。
あたしもとりあえず「え?」と呟いたが、それが声になった頃には裕太はあたしのすぐ側にいた。
さっと裕太の手があたしにむかって伸びる。
あたしは思わず目をつむった。
「あちっ」
裕太の一言で、あたしはようやく本当に覚醒した。
伸びた裕太の手はあたしの指に挟まった煙草の下にあって、お椀型にした掌には丁度落ちてきた灰がチリッと音をたてている。
裕太はあたしの指から煙草の灰が落ちそうになっているのに気付き、間一髪で受け止めたのだ。