ホタル
小学生の頃から裕太は裕太だった。
同い年の子達が外ではしゃぎ回る中で、裕太は1人すました顔で本を読んでいた。
もちろん誘われれば一緒にサッカーもするし、別段仲良くする気がないわけでもなかったらしい。
ただ他の子達より少し大人で、少し視点が違った様に思う。
裕太はいつも一歩先を行こうとし、早く大人になろうとしている。
そんな印象だった。
「朱音?」
裕太の声ではっと我に返り、止まっていた手を動かしながら「今持ってく」と呟いた。
落ち着かなきゃ。普通にしなきゃ。
「はい」
陶器のカップを裕太の前に置き、あたしも定位置に腰かける。
「ありがと」
裕太は笑顔を返し、ブラックのまま口に運んだ。
麗らかな春の夕方。
うっすらと部屋がオレンジに染まる瞬間。
「......中学どう?」
裕太がカップを置くのを見計らって、あたしは声をかける。
「楽しいよ。なかなか気が合う友達もできたし」
「そうなの?」
「前の席の奴。話が合いそうな感じ」
「へぇ......よかったじゃん」
なんてことない会話を繰り返すうちに、あたしの中にも平常心が戻ってきた。
コーヒーの香りのおかげかもしれない。