ホタル
英里を冷やかしながら廊下を歩いていると、ふいにバイブがポケットで鳴った。立ち止まり、ディスプレイを見る。
チカチカと光る電話のマークと、『家』の文字。
「電話?」
「うん、家からだ。先行ってて」
「あいよ」と言う英里の返事と同時に通話ボタンを押した。
「もしもし?」
右耳に押し当てた携帯の画面。左耳からは、いい加減聞きなれた甲高い声のアナウンスが流れ込んできた。
『業務連絡業務連絡。24番テーブル、オーダーお願いします。』
明らかに右耳から聞こえる声より大きなアナウンスが脳内に響き、あたしは急いで左耳をふさぐ。
「もしもし?ごめん、聞こえない」
なるべくアナウンスの声が聞こえない様に壁際により、前屈みになって必死に携帯から流れる声を拾おうとした。まさみさんだろうか。ヤバい、家に連絡入れてなかったかも。
『朱音?』
甲高い声はようやくマイクの向こう側に消え、店内には途切れていた洋楽が途切れた場所から流れ始める。中途半端な音楽の始まり。でもあたしの左耳には、もう聞こえてなかった。全神経が全て左耳に集中する。