ホタル
気付いたらもう家の前だった。嘘のように早かった。ゆっくり流れて欲しい時ほど、時間は残酷なほどに駆け足だ。
「まさみさん心配してるかな」
「大丈夫だよ。俺、迎えに行くって言って出てきたし」
裕太がインターホンを押し「俺」と小さく呟くと、ガチャリとロックの外れる音が響いた。まさみさんの声は聞こえなかった。
目の前にある現実。一歩踏み込めばもうそこは闇じゃない。明るい蛍光灯の下、あたしは再びパンドラの箱の鍵をかける。決して開けてはなりません。良心がそう告げる。
でも。
「......裕太」
理性がきかない。衝動が、波のように押し寄せる。
「今日......来たのって、まさみさんが心配してたから?突然電話切ったから?」
裕太は玄関に続く石畳の上から、門の前に立ち尽くすあたしを見つめる。
仄かに灯った電灯が二人の間の闇を消す。それが一層裕太の周りの闇を引き立てた。
「それだけ?」
......あたしは何を聞きたいのだろう。裕太の口から何を求めているのだろう。
どうしてこんな事を言ったのかわからなかった。どこからか沸き上がる衝動を抑えきれなかった。闇の桜とアルコールが、あたしの理性をコントロールさせてくれない。