剣と日輪
憂国編家
 公威と瑤子は伊豆、関西、九州へ二週間の新婚旅行をした。緑が丘の平岡家は、大学生の新妻を歓迎し、外交官としてブラジルに赴任中の千之も、義姉(ぎし)に御目通りを願おうと、六月十五日福岡空港から、羽田へ降立った新婚カップルを出迎えた。実に四年ぶりの兄弟再会だった。
 その夜、平岡家は一家五人が勢揃いし、久方の一家団欒(だんらん)に浸(ひた)り切ったのである。鋤(すき)焼(やき)をビールで流し込みながら、千之が、
「これから兄さんに子供ができたら、この家狭すぎやしない?」
 と公威に話しかけた。
「うん」
 公威もそう思う。
「新しい家建てなきゃな。子供が可哀相だ」
「まあ、ほんと?」
 倭文重は病み上がりのやつれた相貌(そうぼう)を、崩した。
「ええ。二世代が無理なく住めるような、立派な邸宅をプレゼントします」
「無理せんでいいぞ」
 梓は眉間に縦(たて)皺(じわ)を刻んだが、声は弾んでいる。
「いいなあ、作家は。僕なんか給料取りの異国暮らしだから、金は出て行くばかり」
「少しは貯金しとけ」
 梓は千之に大蔵官僚になってもらいたかったが、千之は外交官になって、ブラジルなどという、地球の真裏の国の住人になっている。この先も異邦を、転々としていくだろう。
「お前は当分根無し草の生活を送るんだからな。頼りになるのは金だけだぞ」
「はいはい」
「でも、私も娘を失って、十三年振りに娘が又出来て、嬉しい。しかもこんな若くて優しい娘ができて。これからは何でも相談に乗ってね」
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