モザイク
ふたりは藁にもすがりたい気持ちだった。だから、それほどよく知らない丹沢の言葉にも、まるで子供のように素直に従った。

臭いが変わった。鼻をつく薬品の臭いが、この場所が診察室だと告げている。
「さぁ、どっちから診察する?」
丹沢は聞いた。
「・・・。」
長沢は何も答えない。素直に従おうと思ってはいても、不安はぬぐい去れないのだろう。
「じゃ、俺から・・・。」
佐々木は言った。長沢の不安は言葉がなくても、十分に感じ取れたからだ。佐々木なりのやさしさだった。
「わかった。」
それだけ言うと丹沢は、佐々木の前に立った。モザイクが揺らぐ。それがきっと丹沢なのだろう。佐々木は思った。
「ちょっと眩しいかも知れないぞ。」
佐々木に断ってから、目をライトで照らした。
拡大鏡が佐々木の瞳を写した。
<なんだ、なんなんだ・・・これ・・・。>
思わず声が漏れそうになった。しかし、佐々木の事を思うとそれは出来ない。慌てて言葉を飲み込んだ。
一見するとわからなかったが、佐々木の黒目は丸ではない。小さなモザイクの集合体だ。そのモザイクが小刻みに動いているのがわかる。確かにこんな状態では、世界が正しく見えるはずもない。

「じゃ、次はお前だ。」
長沢の手を取った。その時、掌に小さな痛みを感じた。
「なんだ?」
「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっとな。」
そう言いながら、痛みに視線をやった。
血の気が引いた。どうしようもない感覚。それが丹沢を襲った。
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