ダウト-doubt-
「あたし、疲れた。」
もう、終わりにしよう…。
この時、本気で思った。
この瞬間は…。
「終わりにしよう。もう会わない。」
そう言うのが、やっとだった。
しばらく沈黙して、予想通りの答えが返ってきた。
「お前がそう決めたなら、それでいいよ。」
そう言って、あの人は、キーケースから外した合鍵を、テーブルの上に置いた。
「今まで、大切にしてやれんで、ごめん。」
それが、最後の言葉だった。
吸いかけの煙草を、必要以上に強く、灰皿に押し付けてから、立ち上がり、そして、何も言わずに、部屋を出て行った。
その、たった数分の出来事を、あたしは直視できなかった。
というより、身体が動かなかった。
何も言えず、俯いたまま、あの人が閉める、ドアの音を聞いていた。
『サヨナラ』を、取り消したいと思ったのに、まだ、今なら間に合うと思いながらも、どうしても、それができなかった。
ただ、ぼーっと、車のエンジンの音が遠ざかっていくのを聞きながら、あたしは無力だった。