キミを抱く

森くんの背中が
見えなくなって
私はまた
玄関へ向かって
歩き出す

一歩踏み出したのが
まるで合図のように
メグとエミリンが
隣でしゃべり出す

まるで
呼吸まで
止めていたかのように
噴き出すように

「ちょっとちょっと
雪菜ぁ
夕べってナニ!?
やっぱさぁ
森先輩と
付き合ってんの?」

「え~違うよぉ」

どんな風に否定しても

「森くんはぁ
ただの幼なじみ
ってだけ」

私と森くんは
トクベツだって
受け取られるように

「い~なぁ
幼なじみって
なんか憧れる」

メグの言葉に
自分の小鼻が
膨らむのが
よ~くわかる

湧き上がりそうになる
得意げな笑いを
必死にこらえて
生徒玄関のドアを
両手で引いて開けると
一瞬だけ強い風が
頬を冷やした

ナニもないんだ
本当にナニも

なのに
どうしてだろう

嘘の中でだけでも
トクベツに
なりたいんだろうか

現実では
ナニにもなれないから

誤解されて
イイ気になる
ほんの一瞬

揺り返しは
すぐに来る

バカみたいな
ちっぽけな感情

玄関で
上靴に履き替える時には
メグもエミリンも

『一時間目に体育って
ありえなくね?』

って
違う話題に移っている

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