静かなる蒼き雷鳴（仮）

　それでもキムンは、その事態を予期していたかのように、呼吸を止めたまま間合いをゆっくりと詰めていく。
　（心を乱すな・・・・・・　心の乱れは、気の乱れ。　いかにルー師範が居合いの達人であれ、初太刀さえ避ければ勝機はあるはず）
　「ほう・・・・・・　動じませんね、キム。　少しは成長していると、いうことですか。しかしです、キム。　この試験の合否が、勝敗だけに決しないといっても、一太刀で終わってしまては、健闘した姿など見せる暇もないのですよ」
　そう言ってルーと言われた彼女は、右の膝をゆっくりと立てた。
　そもそも実力に差があるこの試験、勝敗が合否の裁定ならば、挑戦者に可能性は無いに等しい。
ようは、その実力が認められれば良いのだ。
そのための立会人であり、合否は試験終了後に試験管を中心に、立会人との話し合いで決まるしきたりになっていた。
　だが、侍同士の戦い、特に居合いの使い手にとっては初太刀が命である。
彼女の言うとおり、初太刀で勝負が付いてしまっては、キムンの実力を見せる機会は訪れないだろう。
そのことを、キムン自身が一番わかっていた。
　彼女の動揺を誘う挑発するような言動にも、キムンは顔色ひとつ変えずジリジリと間合いを詰めていた。
　（もう少し・・・・・・　もう少しで、飛び込める間合いだ。初太刀さえなんとかすれば・・・・・・）
　キムンと彼女の距離は、七メートル程まで詰まっていた。
　そこにきて、キムンの進む速度がさらにゆっくりとしたものになった。
姿勢をさらに低くし、右手が小太刀の柄に添えられ、黒く静かな瞳に力がこもったように感じた。
右足の親指が、しゃくとり虫のように、ゆっくりと音も無く進んでいく。
　（あと・・・・・・　二十センチ前へ・・・・・・　）
キムンがそう思った瞬間だった。
脳裏に危険信号が、激しく点灯した。
　（まずい！　）
瞬時に上半身をわずかに反らせ、頭も後方に引いた。
　キンッ！　というわずかな金属音が、小さく響く。
キムンはすぐさま数センチ後退したが、元いた空間に前髪だけが取り残されるように、離れていった。