おしゃべりノート
 1ヶ月後、午前9時。淳也は、受験番号を持ち、再び、望高校の校門をくぐった。合格していれば、とんで帰って、親とノートに報告するつもりだった。
 しかし、緊張して掲示板の近くへ行くことができない。遠くからは、名門校への合格に跳んで喜ぶ者の声や、残念な結果に肩を落としうなだれる者の声が聞こえてくる。
 ところが、ふと掲示板の方を見ると、そこには藤川がいた。あの様子だと受かっているのだろう。
 意を決して、敦也は掲示板へ歩を進めた。
「頼む…226、226、226…」
 回りの音が、自分の心臓の音で、聞こえなくなってくる。
「226、226…」
 受験票を持つ手が震える。
「226…」
 次第に、周りの音が聞こえるようになってきた。悲鳴に近い叫び声も聞こえる。
「あった…226、あった!!」
 淳也は、家に、ダッシュで帰った。玄関の扉を開けるなり、淳也は叫んだ。
「受かってた!受かってたよ!!」
 奥から母が出てきて、淳也の肩を押えた。
「よくやったねぇ、よく頑張った…」
 その後、淳也はすぐに、二階の自分の部屋へ行った。そしてドアを思い切り開いた。しかし、そこには、いつもと違う光景が広がっていた。机の上の棚がやけに片付いている。古い教科書やノートは殆どなかった。
「母さん、俺がよく使ってたノートは?」 母は、零れている涙を拭きながら答えた。
「それなら、もうさすがにいらないだろうと思って捨てちゃったわよ」
「う…そ…」
 気付いたときには、淳也は靴を履いて、家を飛び出していた。ゴミ捨て場までは、5分もかからない。
 途中、何人か合格発表を見て帰っている途中の人とぶつかった。それでも足は止めず、走り抜いた。しかし、ゴミは既に回収された後だった。
「おい、…!」
 淳也はこのとき気付いた。こんなとき、呼べる名前もない…名前を呼ぶこともできない…。淳也は、その場に、膝を折った。少しの間立ち上がることができなかった。
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