1970年の亡霊
「お兄さん、マッサージいかが?」

 同じ台詞を何人もの女から浴びせられた。

 その男は、一夜の快楽を求めて彷徨う酔客達に混じり、何度も繁華街を往復した。

「お兄さん、どのお店探してるの?」

 さすがに何度も往来を行き来すれば、客引きを生業としている彼女達の目に留まらない訳がない。

 男の興味は客引きの女達ではなかった。

 中国人である彼女達は、客引きという一番検挙され易い役割をしている為、殆どが正式にビザを取得した者達だ。

 男が狙っている女……それは、少々の危険な仕事でも請け負う不法滞在者だった。

 そういった中国人女性は、表通りで堂々と看板を掲げている真っ当なマッサージ店には居ない。

 ビザを持たない女は、裏路地で看板も出さずに営業している、いかがわしい店に多いものだ。

 往来をただ歩いているだけでは、目指す店を見つけられない。

 男が、何度も往復していたのは、客引きの女達がどの店に酔客を連れ込むかを見極める為であった。

 男は一人の女に的を絞っていた。

 その女は、他の客引き達と違い、道行く男達をじっくり品定めしているふうがあった。

 彼女が声を掛ける相手は、泥酔寸前で足下も覚束無い男達であった。

 小一時間程前、彼女が一人の泥酔したサラリーマンを裏路地に連れ込んだのを確認している。

 男はゆっくりとその女に近付いた。


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