1970年の亡霊
閑散としたロビーは、常夜灯だけの灯りで薄暗かった。
待合のソファに、小さく蹲る人影を見た。
それは、五十代後半の女性だった。
加藤は、そのまま出口に向って横を通り過ぎようとした。ふと、視線の端に入った女性の横顔に、見覚えがあるのを思い出した。
加藤が軽く会釈をすると、その女性はわざわざ立ち上がり、腰を直角に折り曲げるようにしてお辞儀をした。
何か言葉を掛けなくてはと迷っているうちに、その女性は集中治療室へと消えた。
女性は、三山の母親だった。
死の淵から生還した我が娘を、二度と地獄へは遣らないぞといった母親の情愛が、加藤と言葉一つ交わす事無く病室へ戻った姿から感じ取れた。
それを思うと、何故か遣る瀬無い気持ちになった。
もし、俺が三山のようになったら、果たして……
いや、もしなどという言葉で、別れた妻の事を考えてはいけない……
外へ出ると、数日前迄の暑く寝苦しかった夜とは打って変わり、外気がすっかり秋を感じさせ、肌寒く思えた。
だが、チノパンのポケットの中で、メモリースティックを握り締めていた掌だけは、じわっと汗ばんでいた。
待合のソファに、小さく蹲る人影を見た。
それは、五十代後半の女性だった。
加藤は、そのまま出口に向って横を通り過ぎようとした。ふと、視線の端に入った女性の横顔に、見覚えがあるのを思い出した。
加藤が軽く会釈をすると、その女性はわざわざ立ち上がり、腰を直角に折り曲げるようにしてお辞儀をした。
何か言葉を掛けなくてはと迷っているうちに、その女性は集中治療室へと消えた。
女性は、三山の母親だった。
死の淵から生還した我が娘を、二度と地獄へは遣らないぞといった母親の情愛が、加藤と言葉一つ交わす事無く病室へ戻った姿から感じ取れた。
それを思うと、何故か遣る瀬無い気持ちになった。
もし、俺が三山のようになったら、果たして……
いや、もしなどという言葉で、別れた妻の事を考えてはいけない……
外へ出ると、数日前迄の暑く寝苦しかった夜とは打って変わり、外気がすっかり秋を感じさせ、肌寒く思えた。
だが、チノパンのポケットの中で、メモリースティックを握り締めていた掌だけは、じわっと汗ばんでいた。