1970年の亡霊
 都庁のお膝元である新宿でも、そこかしこで自衛隊と暴徒達の間で衝突が起きた。

 特に歌舞伎町周辺での衝突は、さながら市街戦の様相を呈していた。

 爆破テロ以来、都内でも一番治安が悪化していた歌舞伎町であったが、暴徒の大部分がここに集まっていた事も一因となっていた。

 更には、中国マフィアや既存の暴力団から破門された流れ者、新興のナイジェリア人を中心としたアフリカ系マフィア達が、一帯を占拠し無法地帯に変えてしまっていた。

 燃えて黒焦げになったトラックや、乗り捨てられたバス等で、彼等は新宿通りから歌舞伎町へ入る道を塞いだ。同様に西武新宿駅方面、大久保病院側、明治通り側から進入出来る路地という路地にバリケードを作っていたのである。

 さながら要塞のようなものだ。

 彼等に手を焼いていた警察から、バトンを受け継いだ自衛隊の対応は素早かった。しかも、逮捕ではなく制圧が目的だったから、容赦は無かった。

 出動して僅か半日で、歌舞伎町の一角を残す他は、完全に制圧してしまった。

 自衛隊側は、バリケードで要塞化された中心部への突入には慎重に構えた。

 彼等は待っていた。

 その場所に集結した暴徒達は、千人とも二千人とも想定されていた。武器も警官から奪った拳銃だけでなく、銃砲店から強奪したライフルや猟銃もあり、それだけではなく、ロシア製の自動小銃まで持っていた。武器の多くは、恐らく中国人グループが用意したものなのであろう。

 これまでのように簡単に鎮圧するという訳には行かなさそうだ。だが、本格的に自衛隊が出動したのだから、圧倒的に暴徒を制圧しなければならない。国民が注目している。

 彼等は最強部隊の到着を待っていた。

 夜も更け、大通りを挟んだ向かい側から放射される大型投光器のライトが、時折暴徒の姿を浮かび上がらせていた。
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