1970年の亡霊
 もう一つの影は軽快な動きでステップを踏み、プロのサッカー選手並みの素早さで右足を振り抜いた。

 蹴りを入れられた方は、身体を丸めて蹲った。

 足下に蹲る二つの人間をじっと見下ろす人影。

 三山の中で、一旦、消えかかった死への恐怖が再び襲って来た。

 その人影がゆっくりと三山へ近付いて来た。

 丁度その時、官舎の住人と思われる人間が路地を曲がって来た。

 新たな人間の出現に、襲撃者は一瞬怯んだ様子を見せた。

 が、瞬く間も無く、襲撃者はその人間に襲い掛かろうとした。

 僅かに怯んだ時間のロスが、三山に反撃の余裕を与えた。

 足下に落ちていた自分のハンドバックを急いで拾い、それで襲撃者に殴り掛かった。

 ダメージは与えられなかったが、まさか反撃されるとは思っていなかったせいか、襲撃者は必要以上に慌てた。

 瞬時に状況を察した通行人は、襲撃者に飛び掛り、押さえ込もうとした。

 三山は、ハンドバックの中から護身用に携帯していた緊急警報用のホイッスルを取り出し、力一杯吹いた。

 ピィーッと耳を劈くような音が闇の中で鳴り響く。

 襲撃者は軽業師のように身を翻し、その場を走り去って行った。


 
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