―you―
「指輪」
 さっきはしていなかった。
「受けてきた。プロポーズ」
「え」
「何」
「されたんですか?十河さんからしそうなのに」
「ジェンダーフリーだよ」
 あなたはやっぱり薄く笑う。
「返事をしなきゃいけないと思ってね。あの時、そんな事を考えてたんだ」
「そりゃ難しい顔もしますね」
 さっきは失礼しました、と俺は謝った。
「何かお礼を」
「いいよ。チケット貰うし」
「あ、そうか」
「じゃあ、気を付けて帰りなよ。君は多分」
「何ですか?」
「多分、男に襲われやすい」
「…どういう意味ですか?それ」
「嘘だよ。でも用心するに越したことはない」
「ですね。有り難うございました」
 さようなら、と言って別れたけれど、その時にはもう、またあなたに会う予感がしていた。何だろう、俺の中に不思議な気持ちがあった。

 家路では何事もなく、帰って新しい台本と楽譜を見る。
 今まで少年役しか貰えなかった俺だが、次の役は主人公の母親役になった。その役作りに、一度母のいる田舎へ戻るつもりだ。子守歌を歌う場面がある。お客様を全員眠らせるような心構えでいこう。
 少年役ですっかり身に付いてしまった「俺」の一人称もやめなければいけないだろうか。
< 6 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop