亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
扉の向こうからのくぐもった返答に、ケインツェルは笑みを深めた。
今も尚苛まれる、過去という名の餌にこうも簡単に食い付いてくれる陛下は……なんと単純で、素直で、可愛らしく愚かなのだろうか。
このケインツェル、そんな愚かな老王様をとてもとても敬愛しております。
「………ほーらやっぱり、狸寝入りでしたか。しかし、私への久方振りのお言葉が…下衆、とは……お口の汚い事で…」
「―――…去れ…」
…怒気の籠った声が、跳ね返ってくる。下衆と言われようが、去れと言われようが……ケインツェルはその場から動かない。
曇りの無い眼鏡のレンズの内で、静かに目を細めた。
何十年、何百年も昔からある大きな鏡は、その年齢とは相反する輝きを放ち…。
ただただ、しわだらけの項垂れた一人の老人を映していた。
………ここ数日、ずっとだ。
生気など当の昔に何処かに置いてきた様な老人は、何日もの間僅かな食糧と水を口にするだけで……何処にも行かず、部屋に閉じ籠り、夜になっても寝台に横になる事も無く………この鏡の前に、座っている。
過去に築いた栄光の欠片も見えない、そのみすぼらしい姿を惜し気も無く、映している。
時折、目の前に映る自分を一瞥し、再び項垂れる。その繰り返しだった。
老王は、ただ毎日………夢ばかりを見ていた。
毎日毎日、同じ夢を、見ていた。
覚えていない夢の中で、暗闇や真っ白な霧を掻き分けながら………もはや夢でしか会えない彼女を、捜していた。