亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
頭や肩に少し積もった雪を払いながら、女は微笑を浮かべる。

………嘘だ。寒いに決まっている。

…針を摘む細い手はあんなに真っ赤にかじかんでいるのに。
何を痩せ我慢しているのだろうか。
正真正銘、本当の馬鹿ではないだろうか。





「…そんなの…暖かい部屋ですれば、いいじゃないか…」

「………そうね。……確かにそうだけど………良いことがあるかもしれない…って思って、こうやって外でやっていたの」

「………良いこと?」





そんなもの、あるわけが無い。
寒い中、雪に塗れてこんな中庭の隅で、独り…刺繍をする。

…そんな訳の分からない行為に、どんな利益があるというのだろうか。
この頭を駆使しても、絞っても、相応しい答えは出て来ない。

冗談にも程がある。








半ば呆れた様な視線をただただ送っていると、女はふと…手を止めた。
やりかけの刺繍を膝に置き、柔らかな笑みをこちらに向けてきた。

女は、冷たくなっているであろう唇から真っ白な吐息を漏らし…ゆっくりと、言葉を紡いだ。


























「―――…私は、貴方に会いに行けない。だから…こうやって…ここにいたら………その内、貴方から会いに来てくれるかな…って………………」






















その、幸せそうな笑顔が、何だか気に食わなかった。









つまり、僕は。






この女の馬鹿みたいな罠に、まんまとかかってしまった訳だ。
女の思っていた通り、僕はこの中庭に来てしまったのか。


















癪だな。


苛々する。

こんな間の抜けた馬鹿な女なんかに。




…何でそんなに嬉しそうなのさ。

僕に会えて、話せて、そんなに嬉しい?









僕は嬉しくなんかない。

ちっとも。

嬉しくなんか。














嬉しく、なんか、ない。
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